太陽礼拝を分解する(5)
繰り返し練習される太陽礼拝。
だからこそ、安全で 効果的な練習にしたいもの。
太陽礼拝は動きの中で行われるため、アサナについて細かな確認や修正が難しいのが課題です。
シリーズで それぞれの太陽礼拝の動きと注意点をシリーズで確認しています。
ビハール・スクール・オブ・ヨガの太陽礼拝は全部で12ステップ。
今回は、ポジション5と8を見ていきます。
他のポジションはこちらから↓
プラナマーサナ(ポジション1、12)
ハスタ・ウッタンアサナ(ポジション2、11)
パダ ハスタアサナ(ポジション3、10)
アシュワ・サンチャラナーサナ(ポジション4、9)
パルヴァターサナ(ポジション5、8)
アシュタンガ・ナマスカーラ(ポジション6)
ブジャンガアサナ(ポジション7)
【 パルヴァターサナ 】
パルヴァターサナ、山のポーズ
このポーズは、「ダウンワード・ドッグ(Downward facing dog)=アドー・ムカ・シュヴァーナアサナ(サンスクリット)」「下向きの犬のポーズ」と呼ばれることの方が多いと思います。
BSYでは「パルヴァターサナ」と呼ばれ、意味も「山のポーズ」となっています。
BSYではタダアサナは「椰子の木のポーズ」ですが、タダアサナを「山のポーズ」とよぶことも多いので、ここが混乱や誤解を招きやすい点です。
この辺りのヨガの「違い」については、こちらのブログで触れています
両者はもともと異なるアサナなので、「ハタヨガの真髄(Light on Yoga)」(アイアンガー著)で解説されているアドー・ムカ・シュヴァーナアサナとは 使いたい部位も、ベクトルの方向性も異なります。
ただ、現在は安全性の面からか、多くの指導者がアドー・ムカ・シュヴァーナアサナを、パルヴァターサナとほぼ同じ方向性の指導にされていることが多いように 個人的には感じます。
シンプルで深みのあるアサナ
パルヴァターサナは、いろいろあるアサナの中でも シンプルでいて奥深く、どのレベルの人もそれぞれの課題を見つけて、深めて磨いていくことのできる味わい深いアサナだと思います。
私のようにO脚で大腿と下腿にねじれがあるような人には、深めていくことで筋肉のアンバランスを改善することも見込めます。
全体像から確認しましょう。
腕と脚を支えに使い、脊柱を伸ばしていく逆転のポーズです。
ポジション4から、後方へ下げた足と揃えるように前方の足を下げます。
このとき、足と足は揃えます。
山のポーズと呼ばれるように、自分自身の体で高い山を作るように骨盤を高い位置へ押し上げていきます。
ベクトルは足裏から腰へ、上半身から腰へ、双方が内部で伸び合い、ぶつかり合う骨盤が押し上げられて高くなっていくように。
可能であれば膝は伸ばし、かかとを床へ近づけていきます。
ポーズの維持には体幹を引き上げる筋力とともに、下半身を含めた体の背面の柔軟性も必要です。
このため、「休息のポーズ」と言われることがありながら、体が整うまでは心地よさよりも痛みや辛さとして感じやすい 苦戦しやすいポーズであるように思います。
また、このポーズはヨガのアサナの中でも 屈指の、手首・肘・肩を痛めやすいポーズとして有名です。
負担をかけることなく、このポーズ本来の目的を深める方向性を確認していきます。
【 避けたい例 】
① 怪我につながる:胸を床へ近づける方向での伸ばす
体が柔らかい方など、背骨を伸ばそうとする中で 胸を沈める、胸を床方向へ近づけるような伸ばし方になることがあります。
これは実際に犬や猫が伸びをするときに行っている動き(左図)に近く、元々のアドー・ムカ・シュヴァーナアサナの方向性ですが、現在はこの床へ沈む方向性の伸ばし方は、避けられることが多いと感じます。
体の特性上、肩や肘の怪我を招きやすいからです。
特に このポーズで肩周辺に痛みを感じる人は、次のような使い方が起きていないか確認をしてみましょう。
肩と肘の負担につながる
まず大切なのは、肩。肩甲骨の位置です。
胸を沈ませる方向に使うと、肩が内旋しやすくなります。
肩が内旋する方向で使うと、肩と首に力が集中し窮屈さや力みを生み出します。
さらに、腕を上方へ上げた状態で肩を内旋させると、肩峰突起を挟み込みやすく、結果的にケガを招きやすくなります。
続いて、肘について。
以前反張膝について触れましたが、肘も同様に「反張肘」と呼ばれる過伸展の状態があります。
肩の内旋が起きた状態で、肘の内側が床方向に向いている状態(右写真)では、ベクトルの向きとして 肘を過伸展させる方向で力がかかりやすくなり、肘を痛める可能性が高まります。
これらの問題を避けるために、肩は外側に回す(外旋方向の)意識で使い、床方向へ近づくストレッチを避けることが、安全上好ましいと思われます。
② 本来の目的と離れる:腕から骨盤までが一直線にならず、肩を前方へ逃してしまう
横から見て、三角形ではなく台形のように見える例です。
パルヴァターサナでは、腕から坐骨までを一直線上で支えたいのですが、背面の柔軟性が不十分だと、膝を伸ばしたまま上半身を一直線に保つことは、困難です。
この筋肉の緊張を、なんとかして逃したくなります。
その結果として、肩を前方へ逃がして腰の屈曲の角度を弱め、上半身の重さを腕と足で分散させると、三角形を崩したこの形になります。
こうすると、上半身を引き上げるはずだった体幹の力も使わずに済んでしまいます。
この状態は 四つばいの変化形のような形なので、体重を床に乗せ その反発を使って背骨を伸ばすことはできなくなります。
このポーズの目的がほとんど達成されない形でありながら、残念ながら 割とよく見かけられる例です。
③ 本来の目的から離れる:骨盤が後傾している
これも②と関連性があり、背面の柔軟性が不十分、あるいは、ポーズの目的意識が弱い場合にこの状態になりやすいです。
「腰を丸くする」ー骨盤が後傾していると、背面の伸展が弱くなり、楽になるからです。
「脊柱を直線方向で伸ばす」、しっかり伸ばすためには、骨盤は後傾するよりは、心もち前傾させる方向で伸ばす必要があります。
この状態を改善するために、骨盤や坐骨を意識する必要があります。
【 安全に行う】
脊柱を伸ばして骨盤もニュートラルポジションを保つことが、このポーズで最終的に目指すことです。
このポーズの特徴を考える上で、類似性のあるアサナ「長座(ダンダアサナ)」を見てみましょう。
長座を回転させた形が パルヴァターサナと近いと言えます。
長座の理想形は、「膝を伸ばした状態で、坐骨に乗ること(坐骨から頭部までが垂直線状にあること)。これが特段の努力なくできる状態」です。
長座についてはこちらのブログで坐骨とともに触れました
「坐骨に乗る」状態の説明もしています
パルヴァターサナと長座では重力がかかる方向性が違いますが(そのため体の使い方自体は違いますが)、どちらも 頭部から坐骨まで直線上であるのが理想です。
もし、長座になったときに坐骨が前後に逃げたり、坐骨に乗るために膝を曲げる必要があるなら…
その場合は パルヴァターサナをやる上でも課題があると言えます。
体の状態がまだ整っていない方、長座を理想形で座れない方は、最終形の形にとらわれず 以下に続く修正を行いながら 「脊柱を伸ばす」ことに集中しましょう。
安全に「脊柱を伸ばす」ためのポイントを確認します。
❶ 手の着き方を意識する
手の着き方は、手首への負担に大きく関係します。
さらに、手→肘→肩→体幹へのつながりがあるため、手の着き方によって、体幹の支え方、一連する繋がりの 他の部位への負担も影響します。
まず、肩幅で手をついたら、指先の向きを確認しましょう。
前腕の延長線上に「中指」あるいは「人差し指」があるのが好ましいです。
※ 骨格に個人差があり、中指から人差し指にかけて、どのラインが前腕の延長線上にあるのが快適かは人によって違うので、角度は色々試してみてください。
自分に合った手の着き方ができたら、てのひらへの負担を最小にするために、しっかりと開いて、アーチを保ちます。
前回のアシュワサンチャラーサナでも触れたのですが、手で体を支えるポーズでは手をしっかり開くことで基底面を広げ、アーチ構造で体の重みを分散させて支え、手首への負担を軽減しましょう。
❷ 肩を外旋する方向で支える
肩甲骨を離す方向性、肩を外側に回す意識 ー外旋で支えます。
こうすることによって、肩周りに力が集中することなく、首と肩にスペースが生まれ 力みはなくなります。
骨格の個人差もあり、人によってできる角度も変わるので、目に見える「肩の外旋」をする必要はありません。
視覚上変化がなくても、自分の感覚として、外旋方向の動きが起きていることを重視してください。
「やりにくさ」を感じる時
この動きは人によって「やりにくさ」を感じるかもしれません。
骨格的な問題もあるので、❶の手のつき方※も調整して、自分なりに肩の外旋がやりやすい位置を探しましょう。
なんであれ、どのポーズ、スポーツやダンスでも、手で体重を支える体の使い方では 内旋で支えるやり方はケガを招きやすいので、肩を外旋して支えられるようになるのが 安全上望ましいです。
❸ 顎を引かずに、頭部まで真っ直ぐ伸ばしておく
BSYもそうなのですが、古典的な流派の説明では このアサナの最終形で「顎を引く」場合が多いです。
これはバンダを使う練習法として意味があると私自身も思うのですが、脊柱を伸ばすことに集中する場合は、一律に顎を喉元に引きつけることは 好ましくないと思います。
脊柱は頸椎から始まるので、顎を引いてしまうと どうしてもその屈曲分だけ脊柱にカーブを作ってしまうことになり、脊柱を伸ばす感覚がこのアサナで不十分な場合は、最大の目的達成の妨げになります。
さらに 頭部を引き込んで行うことで肩の内旋を引き起こしやすくなるなど 肩や首の負担を高めてしまう恐れもあるため、無理はせず、アサナが深まるまでー 安全にできるようになるまでは、顎は引かずに練習することをお勧めします。
❹ 膝を曲げて行う
前述したように、長座になったとき 足を伸ばした状態で坐骨に乗れない方は、このポーズを 膝を伸ばしきった状態で入るのは難しいでしょう。
その場合 膝を伸ばすことばかり意識していると、動きの悪さを上半身で補うしかないため、結果的に上半身が丸まり、脊柱のストレッチが不十分になります。(避けたい例②)
目的である脊柱を伸ばすことを最優先に行います。
脊柱のある上半身をしっかり伸ばせるように、膝を曲げてポーズに入りましょう。
尾骨(尾てい骨)を天に向けるように、骨盤を高く保ちます。
脊柱を伸ばした状態で腕が耳の横に来るように調整します。
ただし、胸が沈み込まないよう、肩は外旋で支えます。
最後に、肋骨を腕から遠く保つように 骨盤方向へ引き上げましょう。
脊柱を伸ばしている感覚が掴めたら、それを維持できるところまで、膝を伸ばします。
❺ 必要であれば、足と足を開いて行っても良い
パルヴァターサナの基本形は、BSYでは 両足を揃えて行います。
足を閉じるのと開いて行うのでは 体に起きる刺激は変わってきますが、揃えることが快適でなければ 足と足を肩幅程度まで開いて行っても構いません。
【 アサナを深める 】
長座が楽にできるようになってきている方、
ハムストリングの柔軟性がついてきた方、
パルヴァターサナで「脊柱を伸ばす」感覚で行っているうちに、膝が伸ばせるようになってきた方…
こうした方は、このアサナの効果をもっと得られるように、アサナをさらに深めていきましょう。
脊柱を伸ばし、骨盤のニュートラルを保つ感覚は常に維持しながら、次のことを意識しましょう。
・脊柱の伸びを感じながら、下半身を伸ばしていく
まずは、膝。
膝が伸びたら、かかとを床に近づけます。
脊柱を長く保ったまま かかとがつくようになったら、いわゆる「三角形」に近づきます。
・尾骨を天に向ける意識で
この姿勢を無意識でやると骨盤は後傾しやすいので(避けたい例③)、骨盤のニュートラルを維持するために意識的に少し骨盤を前傾(写真矢印方向)させる必要があります。
【 さらに深めていく 】
かかとがついて三角形ができるようになれば、形としては完成したことになるかもしれませんが、このアサナをここで終わらせずに、もっと味わってみましょう。
伸びを味わい、大地に深く根ざしていく
努力なく 脊柱と骨盤を一直線に繋いだ三角形をとれるようになってきたら…
このアサナをしている時、体が形の中に収められた狭苦しいものではなく、そこから 深みや広がりのある使い方ができるものであることに気づき始めるでしょう。
ここから しっかりと踏み込み、体の中から伸ばす感覚を掴んでいきたいです。
体の長さの分 ー骨の長さ分伸ばしたら、それを超えて 押し広げるように伸びる感覚でさらに押し上げていきましょう。
椎骨と椎骨の間の隙間を一つ一つ広げていくように、
・骨盤と肋骨の間を引き離すように伸ばします。(積極的に脊柱を伸ばす)
その過程で下腹部の引き込みが起きるかもしれません。
この働きは体幹を支える動きでもあるので、この体の使い方が掴めてくると、体幹も安定して支えられるようになります。
・足の指は、一つ一つ開いていて、どの指も均等に 床をしっかりと押します。
かかとも足の指同様、同じように、床に踏み込んでおり、タダアサナで立つ時のように 指もかかとも均等に踏み込みます。
伸びながら深く根ざしていく安定感を感じてみましょう。
アサナを「味わう」ということ
現段階で 私が感じられていることはここまでです。
ここから先のパルヴァターサナの深みを知れるかどうかは、これからの私自身の修練によるでしょう。
ただ言えることは、シンプルだからと言って、「(形が)できるようになった」ら「簡単」「楽」「効かなくなる」わけではないこと。
真摯に向き合っていれば、「その次、その次」と 使える部位を、知らなかった感覚を、体の方から教えてくれます。
逆に言えば、「楽」「効かない」と感じるならば、そのアサナの本来の方向性で深めることができていないのではないかと思います。
「熟練のヨギは、シンプルなアサナこそ味わう」
これは、私が尊敬するヨギが度々使う言葉です。
「山」という漢字を、筆を持ち墨を使って書くことは 日本で義務教育を受けた人なら ほとんどの人ができるでしょう。
でも、多くの人が書けるはずの「山」と、書道家が書いた「山」に違いがあることは、多くの人に納得してもらえると思います。
書道家だって義務教育の段階で「書けた」でしょうが、書道家として活動している今書くものとは 明らかに違うはずです。
それと同じように、割と簡単に「できる」ようになったアサナも、繰り返し丁寧に向き合うことで その深みに気づき、「できる」以外の味わいがあることを知ることができます。
このアサナをはじめ、ヨガのシンプルなアサナには、簡単そうに見えて いつまでも発見があり、探求に終わりのないアサナがたくさんあります。
ヨガが体を動かすためのエクササイズ法の一つでも、気分転換の時間潰しでも。
どの人にとっても ヨガの価値を 自分の中でどのように位置付けるかは自由で、誰に批判されるものでもないと思います。
ただ もし、
「ヨガを深めたい」
限られた人生の時間をヨガに使うのだから「ヨガの良さを最大に活かしたい」
ヨガを通して、「自分の体を知り、使えるようになりたい」
のであれば、アサナをゲーム場面のクリアのように「できた」か「できなかった」かで判断するのではなく、自分の中で「深まったか」「気づきがあったか」で向き合うことが重要だと思います。
個人的には、ヨガのそうした面を 多くの方に伝えられたらと思います。
ここで扱う太陽礼拝は、ビハール・スクール・オブ・ヨガ(BSY)をベースとしたものです。
シヴァナンダ・ヨガやsVYASA大学の太陽礼拝とスタイルは近いですが、
流派によってポーズが異なっており、重視するポイントも違います。
あくまで、このスタイルにおける注意点とご理解ください。